前の記事で、カラスが仲間と一緒にタカを追い払う「モビング」を調べました。
危険な相手を見つけ、鳴き声で仲間を集める。そこまでは分かったのですが、今度は別のことが気になりました。
相手がタカではなく人間だった場合、カラスは「あの人は危ない」と一人ずつ見分けているのでしょうか。
調べてみると、日本のハシブトガラスでも、北米の野生のアメリカガラスでも、人の顔を区別して覚える力が実験で確かめられています。
カラスは人の顔を見分け、経験と結びつけて覚えることができます。
ただし、「一度見た人を一生忘れない」「嫌な人を必ず恨み続ける」とまで言うと、研究から確認できた範囲を越えてしまいます。どんな実験で分かったのか、どれくらい覚えていたのかを順に見ていきます。

顔を覚えるという話は聞いたことがありました。でも、服や歩き方を覚えているだけではないのかな、と少し疑っていました。

日本のハシブトガラスも人の顔を見分けられた
まず気になったのは、日本で普段見かけるカラスにも同じことができるのかという点です。
茨城大学の研究では、野外で捕獲したハシブトガラス19羽に、4人の男性の顔写真を見せました。その中から、あらかじめ覚えた特定の人物を選ばせる実験です。
結果として、カラスは4人の正面顔から特定人物を識別できました。正解の人物が帽子をかぶっていても、サングラスを着けていても見分けられています。
一方で、顔の向きが変わった場合や、帽子・サングラス・マスクを同時に着けて顔の情報が大きく隠れた場合には、識別できなくなりました。
| 写真の状態 | 実験での識別 |
|---|---|
| 正面の顔 | できた |
| 帽子を着用 | できた |
| サングラスを着用 | できた |
| 顔の向きが変わる | できなかった |
| 帽子・サングラス・マスクを同時着用 | できなかった |
ここから分かるのは、カラスの識別力が魔法のように何でも見抜くものではないことです。顔から得られる複数の視覚情報を手がかりにしているため、その手がかりが大きく変わったり隠れたりすれば判断しにくくなります。
その後の研究でも、ハシブトガラスが人の顔写真から性別や個人を弁別できることが紹介されています。ただ、何を顔の決め手としているのかは、まだ完全には分かっていません。色の情報や色の面積が影響している可能性も指摘されています。
日本のハシブトガラスでも、特定人物の顔写真を見分ける能力は確認されています。
どのくらい顔を覚えているのか
同じ茨城大学の研究では、覚えた顔の記憶がどれほど残るかも調べています。
学習後に1か月、3か月、6か月の間を空け、もう一度4人の正面顔から同じ人物を選ばせました。その結果、一度覚えた人の正面顔を半年間覚えている可能性が示されました。
これは「日本のカラスは半年で必ず忘れる」という意味ではありません。この実験が確認した最長の間隔が6か月であり、それより長く覚えられないと確かめたわけではありません。
北米の野生のカラスでは数年後も反応した
北米では、もっと長い野外実験があります。
ワシントン大学などの研究チームは、特定の仮面を着けた状態で野生のアメリカガラスを捕獲し、足環を付けてから放しました。その後、別の人が同じ「危険な仮面」を着けて歩いても、カラスは警戒声を出し、後を追い、集団で取り囲むような反応を示しました。
服装、体格、年齢、性別や歩き方が異なる人が仮面を着けても反応したため、単に服や体つきだけを覚えていたとは考えにくい結果です。2010年の論文では、この識別が少なくとも2.7年間続いたと報告されています。
さらに同じ大学で続けられた観察では、危険な仮面への警戒反応は年月とともに広がり、その後は減少しました。2023年9月、実験開始から約17年後の観察では、警戒声を出すカラスはいなかったと大学関連の記事で紹介されています。
これは「1羽のカラスが17年間ずっと覚えていた」という単純な記憶テストではありません。途中で生まれたカラスも含む地域集団の反応を長期的に追ったものです。

「17年間恨んだ」と聞くと一羽の執念のように感じますが、実際は地域のカラスへ警戒が広がり、やがて消えていった記録なんですね。
カラスは顔と「その人がしたこと」を一緒に覚える
顔を区別できても、それだけでは危険な人を避けられません。大事なのは、見た顔と経験を結びつけることです。
ワシントン大学の別の実験では、カラスを捕獲したときに見せた「危険な顔」と、飼育中に餌を与えた「世話をする顔」への反応を比べました。どちらも表情のない仮面でしたが、カラスの脳では異なる反応が見られました。
人間のように相手の氏名や事情を覚えるわけではありません。それでも「この顔のときに捕まった」「この顔の人は餌をくれた」という経験が、次に近づくか、警戒するかを決める手がかりになります。
カラスが覚えているのは顔だけではなく、その顔と一緒に経験した危険や安心です。
顔を見てから反応するまで
人物の視覚情報を得る
過去の経験を呼び起こす
安心か警戒かを分ける
逃げる・鳴く・近づく
※研究結果を読者向けに整理したものです。人間と同じ言葉で考えているという意味ではありません。
「カラスは人を恨む」は少し言いすぎ
カラスの顔認識を紹介する記事では、よく「カラスは人の顔を覚えて復讐する」「何年も恨み続ける」と表現されます。
警戒声を出したり、後を追ったり、仲間とモビングしたりするため、人間から見ると恨んでいるように感じるのも分かります。
ただ、研究で確かめられたのは、特定の顔を危険な経験と結びつけ、その後も警戒反応を示すことです。人間と同じ意味の恨みや復讐心まで証明したわけではありません。
「恨んでいる」より、「危険な相手として学習し、忘れずに警戒している」と考える方が研究に近い表現です。
帽子や服を変えれば気づかれない?
日本の顔写真実験では、帽子だけ、サングラスだけなら特定人物を識別できました。北米の野外実験でも、危険な仮面を着ける人の体格や服装が変わっても警戒されています。
そのため、帽子や上着を変えれば必ず別人と思われる、とは言えません。ただし日本の研究では、顔の向きが変わったり、帽子・サングラス・マスクを同時に着けたりすると識別できませんでした。
カラスに警戒されたらどうすればいい?
カラスが大きな声で鳴く、近くを飛ぶ、後方から低く飛んでくる場合は、巣やヒナの近くにいる可能性があります。
追い払おうとして石を投げたり、棒を振り回したりすると、カラスにとって「やはり危険な相手だ」という経験を増やすことになります。
刺激せず、その場所から静かに離れるのが基本です。同じ場所を通る必要がある場合は、巣の近くを避けて迂回する、傘を差して頭部を守るなど、距離を取る方法を選びます。
調べる前と後で変わったこと
最初は、カラスが人を覚えるといっても、顔ではなく服や歩き方を見ているのではないかと思っていました。
でも研究では、帽子やサングラスを着けてもハシブトガラスが同じ人物を選び、危険な仮面を別の人が着けても野生のアメリカガラスが警戒しています。少なくとも、顔が重要な手がかりになっていることは確かです。
一方で、カラスが何を見て「同じ顔」と判断しているのか、すべてが解明されたわけではありません。顔の向きや色、隠れている範囲によって識別できなくなることもあります。
カラスは人の顔を覚えられる。ただし、人間とまったく同じ見方で顔を認識しているとは限らない。

顔と経験を結びつけているなら、嫌な目に遭った本人だけでなく、近くで見ていた仲間も同じ人を覚えるのでしょうか。
実は、北米の実験では、直接捕まっていないカラスや後から生まれた若いカラスまで、危険な顔を警戒するようになりました。では、カラスは危険な人の顔を仲間へどう伝えるのでしょうか。次の記事では、「顔の特徴を鳴き声で説明する」のとは違う、カラスの社会学習を調べます。
関連記事
この記事で確認した資料
- 安江健・佐久間栄一・松澤安夫「ハシブトガラスによる異なる顔写真からの同一人物の識別とその記憶保持期間」
- 小原ほか「ハシブトガラスが画像の認識に利用する手がかりの検討」
- Lasting recognition of threatening people by wild American crows
- Brain imaging reveals neuronal circuitry underlying the crow’s perception of human faces
- University of Washington「Crows react to threats in human-like way」
- Urban@UWの長期観察紹介

