カラスが人の顔を覚えられることは分かりました。
それだけでも驚きましたが、北米の実験にはもっと不思議な結果があります。危険な目に遭ったカラスだけでなく、直接捕まっていない仲間や、その後に育った若いカラスまで同じ顔を警戒するようになったのです。
では、カラスは「あの顔の人に気をつけて」と仲間へ伝えているのでしょうか。
先に答えると、危険な人の情報が仲間や親子の間で広がることは、野生のアメリカガラスで確認されています。
ただし、人間のように鳴き声で目や鼻の形を説明していると分かったわけではありません。ほかのカラスが特定の顔へ警戒声を出し、集まって追い払う場面を見て、顔と危険を結びつけて学ぶと考えられています。

直接捕まっていないカラスも危険な顔を警戒した
ワシントン大学などの研究チームは、シアトル周辺の5地点で、特定の仮面を着けながら野生のアメリカガラスを捕獲し、足環を付けて放しました。各地点で実際に捕まったのは7~15羽です。
その後、同じ「危険な仮面」を着けた人が現れると、捕獲されたカラスは警戒声を出しました。これは、自分の経験から危険な顔を覚えた個体学習と考えられます。
ところが、足環がなく、捕獲されていないカラスも反応しました。
捕獲時に周囲へ集まった群れを見て学んだ可能性に加え、後日、危険な仮面を警戒する仲間と一緒にいたカラスが、やがて単独でも反応するようになりました。
カラスは、自分が危険な目に遭わなくても、仲間の反応を手がかりに危険な顔を学べます。

自分で捕まって確かめる必要がないなら、かなり安全な覚え方です。危険な相手ほど、仲間から学べる意味が大きそうです。
カラスが「顔を説明した」とは限らない
その場にいなかったカラスへ情報が広がるなら、鳴き声で顔の特徴を説明しているのでしょうか。
研究から直接確認できたのは、危険な仮面を見たカラスが警戒声を出し、ほかのカラスが集まり、その反応を見た個体も同じ顔を警戒するようになることです。
つまり、「目がこうで、鼻がこういう人に注意して」と鳴き声だけで似顔絵のような情報を送っている、と証明されたわけではありません。
仲間が騒いでいる場面に参加し、そこにいる人物の顔を自分で見る。その顔と周囲の警戒反応を結びつける。これが研究結果に近い理解です。
危険な顔が広がる流れ
特定の顔と危険を結ぶ
鳴き声やモビングで反応
顔と警戒を同時に見る
後に同じ顔を警戒
伝わるのは顔の言語的な説明というより、「この顔が現れたとき、仲間がどう反応したか」です。
仲間から学ぶだけでなく、親から子にも広がった
研究では、仲間同士にあたる水平的な社会学習だけでなく、親から子への垂直的な社会学習も調べられました。
危険な仮面を警戒する親に育てられた若いカラスが、やがて親と離れた状態でも、その仮面へ警戒声を出しました。
若鳥自身は、最初の捕獲を経験していません。それでも親の反応に参加するうちに、危険な顔を学んだと考えられます。
ただし、「親が子どもへ意図的に授業をした」とまでは言えません。親が警戒している様子を子が観察し、同じ対象を危険だと学んだ結果です。

親から子へ伝わると聞くと遺伝のようにも感じますが、生まれつき知っていたのではなく、親の行動を見て覚えたんですね。
情報はどのくらい広がったのか
同じ研究の一地点では、危険な仮面への警戒反応が5年間にわたって追跡されました。
その間に警戒声を出す頻度は2倍になり、反応する範囲は最初の場所から少なくとも1.2キロメートル先まで広がりました。
最初に捕獲された少数のカラスだけが覚えていたなら、反応がここまで増え、離れた場所へ広がることは説明しにくくなります。
一方で、直接捕獲されたカラスの方が、仲間を見て学んだカラスよりも、危険な仮面と無害な仮面を正確に区別しました。
| 学び方 | 特徴 |
|---|---|
| 自分が捕獲された | 顔の区別がより正確だった |
| 仲間の反応を見た | 危険を経験せずに学べたが、区別はやや不正確だった |
| 親の反応を見た | 捕獲後に生まれた若鳥にも警戒が広がった |
警戒情報は広く速く伝わる一方、仲間から学んだ情報は、直接の経験ほど正確ではない場合があります。
前の記事の「モビング」とここでつながった
前に調べたモビングでは、カラスがタカなどの危険な相手へ警戒声を出し、仲間を集めて追い払うことが分かりました。
今回の研究を見ると、モビングにはその場から相手を遠ざける以外の意味もありそうです。集まったカラスは、誰に対して仲間が警戒しているのかを見ることができます。
ただし、すべてのモビングが顔を教えるために行われるわけではありません。追い払いと社会学習は、同じ場面で起きうる別の働きとして分けて考えます。
日本のカラスにも同じように伝わる?
ここまで紹介した、危険な人の顔が仲間や親子へ広がる野外実験は、アメリカガラスを対象にしています。
日本のハシブトガラスについては、顔写真から特定人物を識別し、半年後まで覚えていた可能性が研究で示されています。カラス属には高い視覚認知能力や社会性が見られますが、北米の実験で得られた「5年で1.2キロメートル」という数字を、そのまま日本のハシブトガラスやハシボソガラスに当てはめることはできません。
日本のカラスも顔を識別できますが、危険な顔が同じ距離・同じ期間で仲間へ広がるとまでは確認できません。
調べる前と後で変わったこと
最初は、カラスが鳴き声で危険人物の特徴を仲間へ伝えているのかと思いました。
でも研究を読むと、もっと現実的な仕組みでした。知っているカラスが危険な顔へ反応し、それを見た別のカラスが、その顔と危険を自分で結びつけていきます。
一羽が持っていた記憶を、そのまま別の一羽へコピーするわけではありません。それぞれが仲間の行動を手がかりに、新しく学び直しています。だから、社会学習で覚えたカラスは、直接捕獲されたカラスほど正確に仮面を区別できなかったのでしょう。

鳴き声は「危険な顔の説明書」ではなく、周りのカラスに注意を向けさせる合図に近いのかもしれません。では、鳴き方そのものにはどこまで違う意味があるのでしょう。
次に残った疑問は、「カラスの鳴き声には、どこまで具体的な意味があるのか」です。危険、集合、縄張り、仲間への呼びかけ。人間には同じ「カーカー」に聞こえても、鳴き方や回数、状況によって何が変わるのか。これは次のQuestionとして残します。
