前の記事で、カラスは肉も食べるのに、通常は猛禽類と呼ばれないことを調べました。
その途中で引っかかったのが、カラスがタカを追いかけることです。鋭い爪を持つタカは、近づかない方がよさそうな相手です。それなのに、カラスは大きな声で鳴きながら後ろを追い、ときには何羽も集まります。
逃げているのはタカの方に見えることさえあります。カラスの方が強いのでしょうか。それとも、空中でけんかをしているのでしょうか。
先に答えると、これは多くの場合、危険な相手を見つけたカラスが、鳴き声や接近によってその場から遠ざけようとする行動です。「モビング」と呼ばれます。
カラスがタカを倒そうとしているとは限りません。巣や仲間がいる場所から追い払い、「こちらはお前に気づいている」と知らせることに意味があります。

カラスがタカを追う「モビング」とは
モビングは、鳥が捕食者や危険になり得る相手へ近づき、鳴く、追尾する、周囲を飛ぶ、急降下するなどして圧力をかける行動です。日本語では「擬攻撃」と説明されることもあります。
平塚市博物館は、タカ類やフクロウ類、カラス類が現れたとき、小鳥が群れでつきまとって追い払う行動をモビングと紹介しています。同じページには、カラスがノスリやオオタカなどへモビングする例も示されています。
ここで少し分かりにくいのが、「擬攻撃」という言葉です。ただの追尾や威嚇で終わる場合もありますが、モビングには急降下や、まれな接触まで含まれることがあります。
絶対に攻撃しない行動と決めつけるより、主な目的は相手を殺傷することではなく、警戒し、追い払うことだと考える方が実態に近そうです。

モビングって「攻撃するふり」だと思っていたけれど、行動の強さには幅があるんですね。
モビングが起きるまで
タカやフクロウに気づく
周囲の仲間へ知らせる
複数方向から監視する
その場から遠ざける
※すべてのモビングが同じ順序・強さになるわけではありません。
なぜ、危険なタカへ自分から近づくのか
タカを見つけたら、静かに隠れる方が安全にも思えます。それでもカラスが近づくのは、危険を放置することにも別のリスクがあるからです。
巣や若鳥の近くから追い払う
タカやフクロウは、種類や状況によっては卵、ひな、若い鳥、成鳥の脅威になります。危険な相手が巣の周辺にとどまれば、カラス側は長く警戒を続けなければなりません。
そこで先に相手を発見し、鳴きながら追尾して、その場所から離れるよう圧力をかけます。危険へ近づくのは無謀だからではなく、巣の近くに居続けられる危険を減らすためでもあります。
特にフクロウ類は、カラスにとって無視しにくい相手です。Cornell Lab of Ornithologyは、アメリカワシミミズクをアメリカガラスにとって非常に危険な捕食者とし、カラスが集まって何時間もモビングすることがあると説明しています。
日本で見かけるカラスとタカの組み合わせを、そのまま北米の種へ置き換えることはできません。ただ、「危険な捕食者を巣や生活圏の近くから遠ざける」という基本的な意味を理解する例になります。
「見つけている」と相手へ知らせる
捕食者にとって、獲物に発見されていないことは狩りの利点になります。反対に、周囲の鳥が大声で鳴き、後ろから追い続ければ、そこにいることは隠せません。
研究では、鳥のモビング声を聞いた猛禽類がその場所から移動しやすくなる可能性も検討されています。すべての場面で同じ効果が出るとは限りませんが、「もう見つかっている場所から相手を動かす」という説明とは合います。
仲間へ危険を知らせる
カラスの騒がしい鳴き声は、タカだけに向けたものではありません。近くにいる仲間へ危険の存在を知らせ、参加個体を増やす働きも考えられます。
一羽だけでは危険でも、複数が別方向から近づけば、一羽あたりの負担を分散しながら相手へ圧力をかけられます。モビングは、追い払いと同時に、仲間へ危険を知らせる行動でもあります。
アメリカガラスを対象にした研究では、モビングの場が危険な人間の顔を学ぶ機会になり、その情報が直接嫌な経験をしていない個体や次の世代にも広がることが示されました。タカへの反応と人の顔への反応は同じ実験ではありませんが、モビングが「何が危険か」を共有する場にもなり得ることが分かります。
なぜ一羽ではなく、何羽も集まるのか
一羽の警戒声を聞いた別の個体が加われば、捕食者を複数方向から監視できます。近づく役と少し離れて鳴く役が生まれることもあり、相手にとっては落ち着きにくい状況になります。
ただし、「集団なら必ず安全」というわけではありません。モビングは、危険な相手へ自分の位置をさらし、近づく行動でもあります。時間とエネルギーを使い、反撃される可能性もあります。
日本生態学会大会で報告されたコアジサシの研究でも、相手がカラスかチョウゲンボウかによって、モビングへ参加する個体数や継続時間が異なりました。カラス自身の研究ではありませんが、鳥が「捕食者なら全部同じ」と反応しているわけではないことが分かります。

見つけたら反射的に全員で突っ込む、という単純な行動ではなさそうです。
タカが逃げるなら、カラスの方が強い?
追うカラスと逃げるタカだけを見れば、カラスが勝ったように見えます。でも、タカがその場を離れたことと、カラスより弱いことは同じではありません。
タカにとって、しつこく追うカラスと戦っても、得られるものがない場合があります。接触して羽や目を傷つければ、その後の飛行や狩りに影響します。そこに居続ける価値より、争いを避けて移動する方がよければ、離れる選択には十分な意味があります。
一方のカラスには、その場所に巣や仲間がいれば、危険を遠ざける利益があります。タカが離れたからといって、カラスより弱いと決まったわけではありません。
カラスは本当にタカを攻撃するのか
モビングには、離れた場所から鳴くもの、後方を追うもの、頭上を飛ぶもの、急降下するものまで幅があります。状況によっては、足やくちばしが届きそうな距離まで接近することもあります。
そのため、「攻撃ではない」「本気のけんかだ」のどちらか一つに固定するのは難しいです。目的は多くの場合「追い払うこと」ですが、その手段が強くなれば、外からは実際の攻撃と区別しにくくなります。
| 見える行動 | 考えられる働き |
|---|---|
| 大きな声で鳴く | 仲間へ警戒を伝え、捕食者へ発見済みだと知らせる |
| 後ろから追尾する | その場から離れるよう圧力をかける |
| 複数で囲む | 監視方向を増やし、一羽あたりの危険を分散する |
| 急降下・至近距離への接近 | より強く追い払う。接触や反撃の危険も高くなる |
小鳥はカラスを追い、カラスはタカを追う
前の記事では、カラスが肉を食べても猛禽類とは呼ばれない理由を調べました。今回、もう一つ面白かったのは、モビングする側とされる側が固定されていないことです。
小鳥にとっては、卵やひなを狙うことがあるカラスも脅威です。小鳥がカラスへ集団でモビングすることがあります。ところが、より大きなタカやフクロウが現れると、今度はカラスがモビングする側になります。
追う側・追われる側は固定ではない
卵やひなを守るため追い払う
より大きな脅威を追い払う
その場で誰が脅威になるかによって関係が変わります。
これは強い鳥の順位表ではありません。その場で誰が誰を危険と見なし、何を守ろうとしているかで関係が変わります。
モビングを見かけたらどうすればいい?
カラスが上空へ向かって騒ぎ、同じ方向へ何羽も集まっているときは、近くの木や電柱にタカやフクロウがいる可能性があります。
少し離れた安全な場所から観察するだけなら、鳥の関係を知る手がかりになります。ただし、巣やひなが近くにある可能性もあります。鳴き声の中心へ近づきすぎたり、鳥を追って移動させたりするのは避けた方がよいでしょう。
人に向けて低く飛ぶなど、カラス自身が人を警戒している様子がある場合は、その場を静かに離れます。撮影のために、捕食者やカラスの巣へ寄る必要はありません。
調べる前と後で変わったこと
最初は、カラスがタカを追っているなら「カラスの方が強いのでは」と思いました。調べてみると、大切なのは強さ比べではありませんでした。
カラスは危険な相手へ近づくリスクを負いながら、巣や仲間のいる場所から遠ざけようとする。鳴き声で仲間を集め、危険の情報を共有する。そしてタカ側も、戦って勝てるかではなく、その場に残る価値があるかで動く。
あの空中の追いかけっこは、勝者と敗者を決める戦いというより、危険を見つけた側が、集団と情報を使って距離を作ろうとする行動でした。

タカが逃げているように見えたのは、弱いからではなく、「ここではもう狩りにくい」と判断した結果かもしれないんですね。
そして次に残ったのは、鳥が相手をどうやって危険だと見分けているのか、という疑問です。タカの種類まで見分けているのか。それとも、形や飛び方に反応しているのか。カラスは人の顔も覚えるといいますが、その記憶は仲間へどう広がるのでしょうか。
